わかり合うって、どんな状態(#281)

本日もご覧いただきありがとうございます。

今日は、くれたけ心理相談室からのブログのお題、「わかり合うって、どんな状態だと思いますか」について綴ってみたいと思います。この質問を受けて、真っ先に思い浮かんだのは、昔よく耳にした、目と目で気持ちが通じ合う、というような歌の一節でした。言葉を交わさなくても、なんとなく伝わってしまう。阿吽の呼吸というか‥そんな関係性も心地よく感じます。

伝わった、と感じる瞬間

自分の気持ちが相手に伝わったと感じるとき、私は、なんともいえない嬉しさがあります。

それは、目が合った瞬間だったり。
小さくうなずいてもらえたときだったり。
時には、言葉よりも先に、ぎゅっと抱きしめてもらうことだったり。
伝わり方の形は、人によって、場面によって、いろいろです。

こうした言葉を使わないやりとり(非言語コミュニケーション)、表情、視線、うなずき、間合い……。人と気持ちを交わし合うときに、自然と使っていたりします。

「わかったつもり」には、少しだけ注意が必要です

私は、ひとつだけ、気をつけています。

「なんとなくわかった気がする」という「わかったつもり」は、時に心地よい感覚になるときがあります。でも、その“なんとなく”だけに頼ってしまうと、実は思い違いをしていた、ということも起こり得ます。

なので、「わかった!」と感じたときほど、「私の感じたこの気持ちと同じかな?」と一度、言葉にして確かめてみます。
「これって、こういう意味で合ってる?」

そんな小さな言葉の交わし合い(確認)の積み重ねが、思い違いを防ぎ、より深いわかり合いにつながっていく、私が気をつけて大事にしていることです。

わかり合うとは、安心を分かち合うこと

あらためて考えてみると、「わかり合う」というのは、特別な瞬間だけを指す言葉ではないのかもしれないなと思いました。非言語のやりとりで通じ合う心地よさと、言葉で確かめ合う丁寧さ。その両方が積み重なって生まれるのが、「わかり合えた」という感覚なのかな‥。

そして心の底にあるのは、「自分のことを、わかってもらえた」という安心感。
わかり合うとは、気持ちを分かち合うこと。そして、お互いの安心を、そっと重ね合うことなのかもしれません。

おわりに

言葉にしなくても伝わることもあれば、言葉にして初めて伝わることもあります。
そのどちらも大切にしながら、身近な人との「わかり合う瞬間」を、これからも大事にしていきたいなと思います。

今日も、あなたの一歩にそっと寄り添えたなら嬉しいです。

投稿者プロフィール

畠 由架利
畠 由架利くれたけ心理相談室(札幌支部)心理カウンセラー
お立ち寄りいただきありがとうございます。

「こころのリスタート便り」には、
あなたらしさを育み、自分らしい人生をもう一度歩き始める。
そんな願いを込めて更新しております。

少し立ち止まりたくなったとき,
ふらりと立ち寄れる場所になれるといいなと思っております。

あなたの今日が、昨日より少し軽やかになりますように。

コメントはお気軽にどうぞ